やってきましたお化け屋敷…入り口からもう薄ら寒い…

「み、みんなで固まって入る、か?」
「バカ、ここはふたりずつしか入れてくれない」
「…っ!し、志波ぁ!
 ニガコク同志として一緒に行ってくれ!頼む!」
「…わかった」
「佐伯君」
「はい…?」
「先生は佐伯君とペアがいいな」
「俺、ですか。
 構いませんけど…氷上、クリス、いいか?」
「あぁ、もちろん」
「今日はあんまり氷上クンと遊んでへんし、ペアになりたい!」

…と、いうわけでたった今決めたペアで順番にお化け屋敷に入っていく。
はぁ…マジ勘弁してくれ。
外の暑さが嘘のようにひんやりした空気とか…ほんと、ダメ。

「佐伯君」
「は、はいっ?」
「先生、責任とります」
「……………は?」
「君、ここ、苦手なんですよね?」
「ちがっ…!
 あ、いや、その苦手っていうか!」

…暗闇に響く自分の声も嫌だ…!

「ごめんね、アトラクションの前に来るまで
 君がお化け屋敷嫌いだって気付かなくて。
 今更取り消せる状況でもなかったからせめて…」
「………正直…先生と組めたのはありがたいです。
 その…同級生に恐がってるところとか…見せたく、ないんで」
「はい、そう思いました」

…なんでもお見通しかよ。
…男女問わず人気があるのもわかってきた気がする。

「針谷くんも恐がってたみたいですし、お化け屋敷ってそんなに恐いんですか?」

…いや、ここが恐いっていうか。

「俺と針谷は…特別…ですよ。
 客観的な評価はちょっと無理です」
「なるほど。
 でも、先生は大人ですから大丈夫です」
「…頼りにしてます」

頼りに…なるんだかならないんだか。

「この…何か響いてる…、呻き声?
 これもダメなんですか?」
「…ダメですね」
「これで何か飛び出してきたりしたら」
「ホンットダメです、
 それこそ俺が幽体になる勢いです」
「…それはおもしろい」
「…なんですって?」
「いえ、なんでも」

……この人は……

「ところで、佐伯君」
「…はい?」
「うしろ」
「うしろ?」

…振り向く、べき、か?
…………恐る恐る、首を動かして。




「で、出たぁぁぁぁぁぁぁー!」

ゾンビー!!!
何あの溶け具合!何あの動き!

「さ、佐伯君落ち着いてください!」
「無理!無理ですってば!」

思わず先生の背後に回って盾にしてしまう。

「…恐くないですよ。
 取って食われたりしませんから」
「食われたらどうするんですかっ!」
「大丈夫」

その声が、あまりに自信に満ちていたから。
俺は叫ぶのをやめて顔を上げた。

「君は大事な生徒ですから。
 もし、本物のお化けが出てきて君を食べようとしても、先生が守ります」
「…せ、んせい…」

暗くてよく見えないけど。
若王子先生って、こんな表情する人だったっけ?

「安心した?」

にっこりと微笑まれて、俺はただ頷くしかなかった。
本当はまだ恐いけど、先生がいれば大丈夫な気がした。
こんな人が自分の先生で、幸せだっていう気も。

「さ、早く出ちゃいましょう」
「あ、でも、先生…」
「先生はもう十分堪能できました。
 お化け屋敷、楽しいです」

…あー、気、遣わせちまったな…
ていうか、もう何しても絶対先生には敵わないよな…

「佐伯君?大丈夫?」
「はい…先生、前見て歩かないと危な…」
「うん、大丈………わ!」
「ぅわ!」

先生が消えたー?!
…っていくらなんでもこんなベタなビビり方する俺じゃない。

「大丈夫ですか?」
「いたた…つまづいちゃいました」

…うん、若王子先生はこうでなくちゃ、な。





「あー!やっと出れたー!」

外に出たら、針谷が今まで息を止めてたんじゃないかってくらいの勢いで解放感に浸っていた。
気持ちは分かる。

「まだナイトパレードまでは時間があるな…どうしますか?」

氷上が先生に尋ねた。
あとは…まぁ、無難なとこいけばゴーカートか?

「そうですねぇ…
 実は、着いたときからずっと気になってるところがありまして」
「なんだ?」
「ほら、丁度遊園地の真ん中にあって目立ってるところ」

………………え?

「まさか」
「…まさか」

男6人で、あれ、…か?

「次メリーゴーラウンド乗るん?
 うわ〜、楽しみやわぁ!」

く、クリス…!

「あれ、メリーゴーラウンドっていうんですか。
 うん、実に楽しそうだ」

「そしたらボク、若ちゃんセンセーと乗る!」
「先生と?うん、それじゃあ行こう」

俺と針谷、志波に氷上は無言で視線を交わした。
…みんな、冗談じゃないって顔だ。

「あ、あのっ」

俺が声をあげると、
クリスと先生は同時にこっちを向いた。

「お、俺たち、傍のベンチで座って待ってるんで…」
「え〜〜〜〜〜!!
 みんな一緒に乗らへんの?」

え〜じゃない!
乗るかあんなん!

「ちょっと休憩もしたいし、
 ふたりで楽しんできたらいいんじゃない、か、と…」

…待て。
先生のあの顔はなんだ。

「そうですよね、先生、今日はずっとみんなのこと振り回しちゃってますし…」
「いや、あの、」
「苦手なものも付き合ってきてくれましたし…
 ね、ウェザーフィールド君、休ませてあげよう?」
「…………はぁい」

…くっ…!白々しい…!

「ふたりとも…」
「まぁ…いいんじゃね?
 ちょっと我慢すりゃいいだけだし」
「そうだな…観覧車よりはマシだ」

…ほだされてるし。
…はぁ。

「わかりました、全員で乗りましょう」
「やった〜!早く並ぼ!」

ちらっと、先生のほうを見る。
先生はそりゃーもう楽しそうに笑って。

「先生の勝ちです」

…負けましたよ。





ここでは、先生とクリス、俺と志波、氷上と針谷で分かれた。
…なんかすごい見られてる気がする。
それが被害妄想であってほしいのに、
周りを見てみれば明らかに俺たちを注目してる。
そりゃあな…
俺たち結構背も高いし、目立つか…
俺からは先生たちの様子は見えないけど、
…楽しんでるんだろうな。
ていうかここまでさせて楽しくなかったなんて言ったら
先生といえどもチョップだ。

「志波」
「なんだ」
「気分は?」
「…回ってるな」
「………そうですね」
「お前は?」
「最悪」
「…そうか」

…ん?

「おい、今のフッってなんだフッって」
「いや」

確かに、「そうか」の前に笑みが入ったぞ。

「言葉の割りに、口元が緩んでるもんだから」
「え?」

思わず自分の口元に手をやる。

「もう戻ってる」
「そ、そうか」

…あぁ、でもきっと、志波の指摘は間違っていない。

「…ムカつく」
「は?」

「お前といい先生といい…なんで、こう」

こう………………

「…佐伯?」
「なんでもない。
 …お、止まるみたいだ」

カッコ悪い。
今俺は、人に指摘されなくてもわかるくらいに、
…笑顔だ。





「ぅわー…めっちゃキレイや…」
「あぁ…あの上に立って歌ってみてぇ!」

すっかり空も暗くなって、ナイトパレードの時間になった。
氷上の完璧すぎるタイムスケジュールのおかげでいい場所もしっかり確保だ。

「先生、暑くないか?
 何か買ってこようか」
「うん、暑いけど…大丈夫。
 折角特等席にいるんだ、志波君も僕に気遣わないでゆっくりしてください」
「…わかった」
さっきから先生は、じっとパレードを見つめて、目を離さない。
俺もそれに倣って、パレードに目を向けた。

「綺麗だな…夏だけなのが惜しいくらいだが、
 …だからこそ風情もあるのだろうな」
「そうだな」

なんだか、ここだけ別世界のような錯覚に陥る。
学校のことも、家のことも忘れられる、
…俺が俺でいられる、特別な…

「嫌なことも、全部忘れてしまいそうだ」

俺の思ったことに呼応するように、先生が呟いた。

「何かあるんですか、嫌なこと」
「君達よりずっと長く生きていますから、それなりに。
 意外ですか?」
「…少し」
「うん。
 …そう思ってくれると嬉しい」

先生の目がフッと遠くなった。
…何を見ているんだろう。

「…嬉しい?」
「今の僕を見ても過去の僕が見えないというのは、幸せなことだ」
「…先生にとってですか?
 俺たちにとってですか?」

初めて、先生はパレードから目を離した。
俺を見て、困ったように笑う。

「たぶん、どっちもです」
「……」

また、視線を戻す。

「でもね、誤解しないで。
 君たちが嫌いなわけじゃない」
「はい」
「感謝してるよ。
 僕の為に色々してくれて、…僕自身、君たちといるのはとても楽しい。
 まるで、君たちの同級生になった気分だ」
「俺も、楽しいです」

電飾に染まる夜空を見上げながら、先生は微笑んだ。

「…君たちの先生で、幸せです」

思わず、顔が緩んだ。
たぶん、さっきよりも…今日一番の、笑顔。
だって、そうだろ?
ずっと頭の片隅で考えてたことが、確信になった。

「先生の生徒で、幸せです」

















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